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古事記と言霊講座141-160日目

古事記と言霊講座141-152日目

◆/141日目:『古事記と言霊』ページ228 身禊(一)その7/

古事記と言霊ページ228からの学びです。

身禊(一)の終わりです。

/『141日目:『古事記と言霊』ページ228 身禊(一)その7/
http://youtu.be/VKjj-wsewbY

五十音の並びが、現在のアカサタナ…からア・タカマハラナヤサ・ワになったなら、言霊原理の説く理想の文明が幕を開くことになり、欲望と競争の社会が変化を遂げる世の中になる。

それほどア・タカマハヤナヤサ・ワには大きな意味が込められていると言われています。

(特別講座)

/言霊『ワ』について/
http://youtu.be/XIxw7iVcFS4

島田先生の『ワ』について記述していらっしゃる、
深く理解できる文章を録音してみました。

ぜひ、ご覧になってください。

/日々の生活の中では/

ヒビ(日々)
フホハヘヒ =>ビー
と、
言霊を、ヒビ(響)かせて
元『ヒ』と『ヒ』き合い繋がって参りましょう。
そして、願いをビジョンしましょう。


◆/142日目:『古事記と言霊』ページ230 身禊(二)その1

古事記と言霊ページ230からの学びです。

身禊(二)の始まりです。

/142日目:『古事記と言霊』ページ230 身禊(二)その1/
http://youtu.be/31uNkjZpv0A

『 ここに詔りたまはく、「上(かみ)つ瀬は瀬速し、下(しも)つ瀬は弱し」と詔りたまひて、初めて中つ瀬に堕(い)り潜(かづ)きて、滌(すす)ぎたまふ時に、成りませる神の名は、八十禍津日(やそまがつひ)の神。次に大禍津日(おほまがつひ)の神。この二神(ふたはしら)は、かの穢(きたな)き繁(し)き国に到りたまひし時の汚垢(けがれ)によりて成りませる神なり。』

 前段の文章で伊耶那岐の大神が黄泉国の文化を摂取した自らの御身(おほみま)の禊祓を実行する際の心理とその過程が明らかとなりました。次にその外国の文化を人類文明に取り入れる禊祓の実施はアオウエイ五次元の中のどの段階に於て行うのが適当なのかが検討されます。説明を続けます。

『 「上(かみ)つ瀬は瀬速し、下(しも)つ瀬は弱し」と詔りたまひて、』=

 禊祓をする竺紫の日向の橘の小門(つくしのひむかのたちばなのおど)の阿波岐原(あはぎはら)、即ち天津菅麻音図では母音の並びがアオウエイとなります。その瀬と言いますと、菅麻音図の母音アより半母音ワ、オよりヲ、ウよりウ、エよりヱ、イよりヰに流れる川の瀬という事です。(図参照)

 その上つ瀬と言えばアよりワ、下つ瀬とはイよりヰに流れる川の瀬の事です。言霊アは感情の次元です。世界人類の文明を創造して行くのに感情を以てしては、物事を取り扱う点で直情的になり、自由奔放ではありますが、人間の五段階の性能によって製産されるそれぞれの文化を総合して世界文明を創造して行くには適当ではありません。宗教観や芸術観で諸文化を総合し、世界文明を創造することは単純すぎてア次元以外の文化を取扱う為の説得力に欠けます。そこで「上つ瀬は瀬速し」となります。

 下つ瀬の言霊イの段は人間意志の次元、言霊原理の存する次元です。言霊イの次元は他の四次元を縁の下の力持ちの如く支えて、その働きである八つの父韻は他の四母音に働きかけて現象を生む原動力ではありますが、諸文化を摂取・総合するには、この言霊原理に基づき言霊エの実践智が働かなければ総合活動は生まれません。言霊原理だけ、意志だけでは絵に画いた餅の如く、原則論だけで何らの動きも起りません。「下つ瀬は弱し」となる訳であります。

 禊祓を実践するのに上つ瀬のア段では不適当、下つ瀬のイ段でも適当でない事を確認した伊耶那岐の大神は、菅麻音図の中つ背に下って行ったのであります。

『初めて中つ瀬に堕(い)り潜(かづ)きて、滌(すす)ぎたまふ時に、』=

 上つ瀬のア段も、下つ瀬のイ段も禊祓の実践の次元としては不適当だという事を確かめた伊耶那岐の大神は、初めて中つ瀬の中に入って行って禊祓をしました。中つ瀬とはオウエから流れるオ―ヲ、ウ―ウ、エ―ヱのそれぞれの川の瀬の事であります。次元オは経験知、その社会的な活動は学問であり、次元ウは五官感覚に基づく欲望であり、その社会に於ける活動は産業・経済となります。次元エからは実践智性能が発現し、その社会的活動は政治・道徳となって現われます。共に文明の創造を担うに適した性能という事が出来ます。

『成りませる神の名は、八十禍津日(やそまがつひ)の神。次に大禍津日(おほまがつひ)の神。』=

 中つ瀬に入って禊祓をしますと、八十禍津日の神、次に大禍津日の神が生まれました。伊耶那岐の大神は禊祓を五次元性能のどの次元に於てすれば文明創造に適当か、を調べ、先ずア段とイ段で行う事が不適当と知りました。そこで上つ瀬と下つ瀬の間の中つ瀬に入って禊祓を行う事にしました。すると最初に不適当だと思った言霊アとイの次元が禊祓を実行するために如何なる意義・内容を持つ次元なのであるか、がはっきり分かって来たのでした。八十禍津日の神と大禍津日の神とは、それぞれ禊祓実行に於てア次元とイ次元が持つ意義内容を明らかにした神名なのであります。

『八十禍津日の神』=

 人は言霊アの次元に視点を置きますと、物事の実相が最もよく見えるものです。そこで信仰的愛の感情や芸術的美的感情が迸出して来ます。その感情は個人的な豊かな生活には欠かせないものです。けれどこの感情を以て諸文化を統合して人類全体の文明創造をするには自由奔放すぎて役に立ちません。危険ですらあります。

禊祓の実践には不適当(禍[まが])という事となります。けれどこの性能により物事の実相を明らかにすることは禊祓の下準備としては欠く事は出来ません。

八十禍津日の神の禍津日とはこの間の事情を明らかにした言葉なのです。禍ではあるが、それによって黄泉国の文化を聖なる世界文明(日)に渡して行く(津)働きがあるという意味であります。以上の意味によって禊祓に於ける上つ瀬言霊アの役割が決定されたのです。

 では八十禍津日の八十(やそ)は何を示すのでしょうか。図をご覧下さい。菅麻(すがそ)音図を上下にとった百音図です。

上の五十音図は言霊五十音によって人間の精神構造を表わしました。言霊によって自覚された心の構造を表わす高天原人間の構造です。下の五十音図は何を示すのでしょう。

これは現代の人間の心の構造を示しています。元来人間はこの世に生まれて来た時から既に救われている神の子、仏の子である人間です。けれどその自覚がありません。

旧約聖書創世記の「アダムとイヴが禁断の実を食べた事によりエデンの園から追い出された」とある如く、人本来の天与の判断力の智恵を忘れ、自らの経験知によって物事を考えるようになりました。経験知は人ごとに違います。

その為、物事を見る眼も人ごとに違います。実相とは違う虚相が生じます。黄泉国の文化を摂取し、人類文明を創造する為には実相と同時に虚相をも知らなければなりません。そこで上下二段の五十音図が出来上がるのです。

 合計百音図が出来ますが、その音図に向かい最右の母音十音と最左の半母音の十音は現象とはならない音でありますので、これを除きますと、残り八十音を得ます。

この八十音が現象である実相、虚相を示す八十音であります。これが八十禍津日の八十の意味です。言霊母音アの視点からはこの八十音の実相と虚相をはっきりと見極める事が出来ます。

 この八十相を見極めることは禊祓にとって必要欠く可からざる準備活動です。けれどそれを見極めたからと言って、禊祓が叶う訳ではありません。そこで八十禍と禍の字が神名に附される事になります。

 古事記が八十禍津日の神に於て人間の境遇をアオウエイ五段階を上下にとった十段階で説く所を、仏教では六道輪廻の教えとして説明しています。それを敷衍して図の如く書く事が出来ます。

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◆/143日目:『古事記と言霊』ページ236 身禊(二)その2/

古事記と言霊ページ236からの学びです。

身禊(二)の学びです。

/143日目:『古事記と言霊』ページ236 身禊(二)その2/
http://youtu.be/y3ZO_oaVv4o

『大禍津日の神』=

 八十禍津日の神が、伊耶那岐の大神の禊祓の行法に於ける菅麻音図のア段(感情性能)の意義・内容の確認でありましたが、大禍津日の神は禊祓におけるイ段(意志性能)の意義・内容の確認であります。言霊イから人間の意志が発生しますが、意志は現象とはなりません。意志だけで禊祓はできません。

また言霊イの次元には言霊原理が存在します。この原理は禊祓実践の基礎原理でありますが、禊祓を実行するに当り「基礎原理はこういうものだよ」といくら詳しく説明したとて、それで禊祓が遂行されるものではありません。

言霊原理は偉大な法則です。けれどそれだけでは禊祓をするのに適当ではありません。そこで大禍(おほまが)となります。しかしその原理があるからこそ、伊耶那岐の大神は阿波岐原の中つ瀬に入って禊祓が実行可能となるのです。

中つ瀬に於て光の言葉(日)に渡され、禊祓は完成される事になります。

大禍に続く「津日」が行われます。言霊イの次元の意志の法則である言霊原理は、それだけでは禊祓の実践には不適当であるが、その原理を中つ瀬のオウエの三次元に於て活用する事で立派な役を果すこととなる、という確認が行われました。この確認の働きを大禍津日の神と呼びます。

『この二神は、かの穢(きたな)き繁(し)き国に到りたまひし時の汚垢(けがれ)によりて成りませる神なり。』=

 八十禍津日の神と大禍津日の神とは、伊耶那岐の大神がかの黄泉国という穢い限りの国に行ったときの汚垢(けがれ)から生まれた神である、と文庫本「古事記」の訳注に見えます。

この解釈では禊祓の意味が見えて来ません。そこで少々見方を変えて検討することとしましょう。

 伊耶那岐の命が妻神のいる黄泉国へ出て行き、そこで体験した黄泉国の文化はどんなものだったでしょうか。その文化は物事を自分の外に見て、そこに起る現象を観察し、現象相互の関係を調べて行く研究・学問の文化でありました。

その学問では、今までに世間で真理だと思われて来た一つの学問の論理を取り上げ、それに新たに発見した新事実を披露し、今までの学問では新事実を包含した説明は成立しない事を指摘して、次に今までの学問の主張と新しい事実との双方を同時に成立させる事が出来る論理を発表して新しい真理だと主張します。

この様に正反合の三角形型△の思考の積み重ねによって学問の発達を計るやり方であります。

 客観的現象世界探究のこの学問では、他人の説の不足を指摘し、その上に自説を打ち立てる競争原理が成立ち、自我主張、弱肉強食そのものの生存競争世界が現出します。

伊耶那岐の命は黄泉国のこの様相を見て、伊耶那美の命の身体に「蛆(うじ)たかれころろきて」居る様に驚いて高天原に逃げ帰って来ました。

この事によって伊耶那岐の命は、黄泉国で発見・主張されている文化は不調和で穢いものではあるが、世界人類文明を創造する為には、これらの黄泉国の諸文化を摂取し、言霊原理の光に照らして、新しい生命を与える手段を完成しなければならないと考え、禊祓を始めたのであります。

 その結果として種々雑多な黄泉国の文化を摂取して行くのにアオウエイ五次元の性能の中で、アとイの次元の性能は禊祓の基礎とし(イ・言霊原理)、また下準備とする(ア・実相を明らかにする)のが適当である事が分かり、八十禍津日、大禍津日の二神の働きを確認する事が出来たのであります。

「この二神は、かの穢き繁き国に到りたまひし時の、汚垢によりて成りませる神なり」の意味は以上の様なことであります。

/日々の生活の中では/

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◆/144日目:『古事記と言霊』ページ241 身禊(二)その3/

古事記と言霊ページ241からの学びです。

身禊(二)の学びです。

/144日目:『古事記と言霊』ページ241 身禊(二)その3/
http://youtu.be/0oAOWL1aKAM

『 次にその禍を直さむとして成りませる神の名は、神直毘(かむなほひ)の神。次に大直毘(おほなほひ)の神。次に伊豆能売(いずのめ)。』

 禊祓をアオウエイ五次元性能の中のどれでしたらよいか、を検討した伊耶那岐の大神はア次元とイ次元を調べて、この双方は禊祓の下準備(八十禍津日)や、基礎原理(大禍津日)としては必要であるが、そのもので禊祓をするのは不適当である事を確認して、上つ瀬でも下つ瀬でもない中つ瀬に入って禊祓をすることとなりました。

その時に生まれましたのが神直毘の神、大直毘の神、伊豆能売の三神であります。中つ瀬にはウオエの三次元性能があります。神直毘は言霊オ、大直毘は言霊ウ、そして伊豆能売は言霊エの性能を担当する神であります。

『神直毘の神』=

 言霊オの宇宙から現われる人間の精神性能は経験知です。伊耶那岐の大神が禊祓を実行する為に心の中に斎き立てた衝立つ船戸の神(建御雷の男の神)の鏡に照らし合わせて、人間の経験知という性能が禊祓の実行に役立つ事が確認されました。その確認された働きを神直毘の神といいます。神直毘の神の働きによって黄泉国で産出される諸学問を人類の知的財産として、世界人類の文明創造に役立たせる事が可能だと確認されたのであります。

『大直毘の神』=

 言霊ウの宇宙より現出する人間の精神性能は五官感覚に基づく欲望性能です。この性能が禊祓の実行に役立つ事が確認されました。この確認された性能を大直毘の神と呼びます。この大直毘の神の働きによって、世界各地に於て営まれる産業・経済活動を統合して世界人類全体に役立たせる事が可能である事が分かったのであります。

『伊豆能売』=

阿波岐原の川の中つ瀬の最後の言霊エの宇宙より現出する人間性能が禊祓の実行に役立つ事が確認されました。この確認された働きを伊豆能売といいます。言霊エの宇宙から発現する人間精神性能は実践智と呼ばれます。

人間のこの実践智の働きによって世界の国々の人々が営む生活活動の一切、言霊ウオアエの性能が産み出すすべてのものを摂取、統合して、世界人類の生命の合目的性に添わせ、全体の福祉の増進に役立たせる事の可能性が確認されたのであります。

伊豆能売とは御稜威の眼という意です。御稜威とは大いなる人間生命原理活用の威力、と言った意味であります。眼とは芽でもあります。眼または芽とは何を指す言葉なのでしょうか。

 禊祓をするに当り、人間の根本性能である五母音アオウエイ性能のそれぞれの適否が検討され、その中のオウエ三つの次元が適している事が確認されました。

この後、更に適当だと確認されたオウエの三性能について、可能とする道筋の経過が音図上で詳しく検討されます。その経過は明らかに言霊そのもので明示され、確乎とした事実としてその可能が証明されて来ます。

その時、オウエの中の言霊エの性能が人間精神上最高・理想の精神構造として示され、主体的・客体的に絶対の真理であるという言霊学の総結論が完成されて来ます。

その絶対的真理となる一歩手前の姿、という意味で伊豆能売、即ち御稜威の眼(芽)と謂われるのであります。

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◆/145日目:『古事記と言霊』ページ244 身禊(二)その4/

古事記と言霊ページ244からの学びです。

身禊(二)の学びです。

/145日目:『古事記と言霊』ページ244 身禊(二)その4/
http://youtu.be/By0AaSvZvn8

(昨日の復習となる文章)

 「上つ瀬は瀬速し、下つ瀬は弱し」と言って伊耶那岐の大神は中つ瀬に入って行って、禊祓を始めました。すると「瀬速し」と言った上つ瀬、言霊ア段の禊祓に於ける功罪が先ず分って来ました。言霊ア段に立って見ると、摂取する外国の文化の真実の姿はよく見る事が出来る。

けれど言霊ア段に於て禊祓を実行することは性急すぎて適当でない事が分ったのです。これを確認したことを八十禍津日の神と言います。

次に下つ瀬の言霊イ段の禊祓に於ける功と罪が明らかとなりました。言霊イに存在する言霊布斗麻邇の原理は禊祓の実行の基礎原理であって、欠く可からざるものではあるけれど、原理・原則ばかりを並べ立てて見ても禊祓を実行することは出来ない事も明らかとなりました。この確認を大禍津日の神と呼びます。

 以上の二点を見定めましたので、いよいよ伊耶那岐の大神は中つ瀬に入り、禊祓に適した人間の性能を探究し、神直毘、大直毘、伊豆能売の三神の働きを確認することになります。

即ち中つ瀬のオ段に於て禊祓をすれば、確実に外国の学問、主義・主張等を摂取し、人類の知的財産として人類文明の中に所を得しめる事を予測したのです。

この働きを神直毘の神と言います。次に中つ瀬のウ段に於て禊祓をしますと、世界各地で生産される物質、流通等の産業経済を人類全体の豊かな生活実現のために役立たせる事が可能であると予測出来ました。

この働きを大直毘の神と呼びます。更に中つ瀬の言霊エの人間性能である実践智が禊祓に於て如何なる貢献を成し得るか、を検討し、その働きを伊豆能売(いづのめ)と言います。

伊豆能売とは御稜威(みいず)の眼(め)の意です。御稜威とは人間の究極の生命原理活用の威力といった事であります。この言霊エ段に於て禊祓を実行する事によって全世界の一切の人間の生活の営みをコントロールして、人類生命の合目的性に叶う社会を造り上げる力がある事を予測した事になります。

 以上、中つ瀬のオウエの人間性能によって禊祓を実行すれば、外国文化を統合して世界人類文明の創造は可能である事が推測できました。

伊耶那岐の大神の心中に掲げられました建御雷の男の神と呼ばれる主観内原理が、如何なる外国の文化に適用しても、それを摂取し、世界文明創造の糧として所を得しめる事が可能である目安が立った事になります。

伊耶那岐の大神の主観内に於て組立てられた建御雷の男の神という言霊五十音図が、いよいよ全人類の文明創造の絶対的原理として、人類の歴史経綸の鏡として打ち樹てられるという言霊学の総結論に入る事となります。

古事記の次の本文

『次に水底(みなそこ)に滌(すすぎ)ぎたまふ時に成りませる神の名は、底津綿津見(そこつわたつみ)の神。次に底筒(そこつつ)の男(を)の命。中に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、中津綿津見の神。次に中筒の男の命。水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、上津綿津見の神。次に上筒の男の命。』

/日々の生活の中では/

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◆/146日目:『古事記と言霊』ページ248 身禊(二)その5/

古事記と言霊ページ248からの学びです。

身禊(二)の学びです。

/146日目:『古事記と言霊』ページ248 身禊(二)その5/
http://youtu.be/0GLQT1Euq3w8

『水底(みなそこ)に滌(すすぎ)ぎたまふ時に成りませる神の名は、底津綿津見(そこつわたつみ)の神。』=

 伊耶那岐の命の天津菅麻(すがそ)音図の母音アオウエイのアを上つ瀬、イを下つ瀬としましたので、オウエが中つ瀬となります。そこで今度はオウエを区別するために中つ瀬の水底、水の中、水上の三つに分けたのであります。

即ち水の底は言霊エ段、中は言霊ウ段、水の上は言霊オ段となります。そこで水底である言霊エ段に於いて禊祓を致しますと、底津綿津見の神が生まれました。底津とは底の港の意。言霊エの性能に於て禊祓をすると、外国の文化はエ段の初めの港、即ちエから始まり、最後に半母音ヱに於て世界文明に摂取されます。

そうしますと、摂取されるべき外国文化の内容は底の津(港)から終りの津(港)に渡される事となります。綿(わた)とは渡(わた)す事です。

すると底津綿津見の神とは、言霊エから始まり、言霊ヱに終る働きによって外国の文化は世界文明に摂取されるのだ、という事が明らかにされた(見)という意だと分ります。

伊耶那岐の大神が心中に斎き立てた建御雷の男の神という音図の原理によれば、禊祓によって外国の文化を完全に摂取して所を得しめる事が可能だと分ったのです。

『次に底筒(そこつつ)の男(を)の命。』=

 衝立つ船戸の神の原理によれば禊祓は如何なる外国文化も摂取する事が可能であると分りました。とするならば、その初め、言霊エから始まり、言霊ヱまでにどんな現象が実際に起るのか、が検討され、明らかに現象子音の八つの言霊によって示される事が分ります。

それはエ・テケメヘレネエセ・ヱの八つの子音の連続です。八つの子音は筒の如く繋がっていて、チャンネルの様であります。そこで下筒の男の命と呼ばれます。

 何故下筒の神と呼ばずに下筒の男の命と言うのか、について説明しましょう。神と言えば、働き又は原則という事となります。

禊祓の場合、エとヱとの間に如何なる現象が起きるか、が八つの子音言霊の連続によって示されるという事は、生きた人間が禊祓をする時、その人間の心の内観によって心に焼きつく如くに知る事が出来る事です。

そこで男の命(人)と呼ばれる訳であります。内観ではあっても、それは子音であり、厳然たる事実なのです。その事は禅宗「無門関」が空の悟りを「唖子の夢を得るが如く、只(た)だ自知することを許す」と表現するのと同様であります。

/日々の生活の中では/

ヒビ(日々)
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◆/147日目:『古事記と言霊』ページ254 身禊(二)その6/

古事記と言霊ページ254からの学びです。

身禊(二)の学びの最後です。

/147日目:『古事記と言霊』ページ254 身禊(二)その6/
http://youtu.be/DrvVCH8EIcM

『 中に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、中津綿津見の神。』=

 中つ瀬の水の中と言うと言霊ウ段の事です。言霊ウの宇宙から現われ出る人間性能は五官感覚に基づく欲望性能であり、その性能が社会現象となったものが産業経済活動です。

この性能次元で禊祓をすると、外国の経済産業活動から生産・流通して来る物質は極めて速やかに世界人類の生活に円滑に奉仕される事が明らかになったという事です。

中津綿津見の神の最初の津とは言霊ウの働きがそこから始まる港のこと。次の津は言霊ウの働きがそこに於て終わって結果を出す港の意。

中津綿津見の神の全部で、言霊ウの欲望性能で禊祓をすると、外国の産業経済活動が世界の経済機構に吸収され、その結果世界経済の中で所を得しめる働きがあることが証明された、の意となります。

『次に中筒の男の命。』=

 では言霊ウ段に於ける禊祓がどういう経過を踏んで達成されるか、の言霊子音での表現が明らかとなった事であります。

即ちウよりウに渡る間の現象を言霊子音で示しますと、ウ・ツクムフルヌユス・ウの八子音で表わすことが出来、この実相が心に焼きつく如く明らかに禊祓を実行する人の心中に内観されることとなります。

 水の上に滌ぎたまふ時に成りませる神の名は、上津綿津見の神。
 中つ瀬の水の上は言霊オ段です。この母音宇宙から現出する人間性能は経験知です。この性能が社会的活動となると学問と呼ばれる領域が開けて来ます。

この性能に於て禊祓をしますと、上津綿津見の神が生まれました。言霊オから言霊ヲまでの働きによって外国で生れて来る各種の学問や思想等が人類の知的財産として摂取され、人類全体の知的財産の向上のためにその所を得しめることが可能であると確認されたのであります。

『次に上筒の男の命。』=

 そして外国の学問・思想等知的産物が世界人類の知的財産として所を得しめられるまでに、八つの現象を経過して行なわれる事が分りました。

その経路はオ・トコモホロノヨソ・ヲの八つの子音であります。この八つの子音が繋がった筒(チャンネル)の如くなりますので、またその八つの子音は禊祓を実践する人の心中に焼きつく如く内観されますので、上筒の男の命と呼ばれる事となります。

 以上、底中上の綿津見の神、筒の男の命六神の解説を終ることとなりますが、御理解頂けたでありましょうか。

伊耶那岐の大神が客観世界の総覧者である伊耶那美の命を我が身の内のものと見なし、自らの心を心とした御身(おほみま)を禊祓することによって外国の文化を摂取し、これを糧として人類文明を創造して行く禊祓の実践の作業は、これら六神に於ける確認によって大方の完成を見る事となります。

そしてこの六神に於ける確認によって五十音言霊布斗麻邇の学問の総結論(天照大神、月読の命、建速須佐之男の命の三貴子[みはしらのうずみこ])の一歩手前まで進んで来た事になります。

 ここで一気に総結論に入る前に、底津綿津見の神より上筒の男の命の六神の事について少々説明して置きたい事があります。古事記神話の始まりから結論までに五十音を構成している母音、半母音、父韻、親音については縷々(るる)お話をして来ました。けれど子音についてはそれ程紙面を割(さ)くことはありませんでした。

何故なら子音の把握が他の音に比べて最も難しい為であります。子音は他の音と違って現象の単位です。

現象でありますから、一瞬に現われ、消えてしまいます。母音、半母音、父韻、親音は理を以て何とか説明することが出来ますが、一瞬に現われては消える現象は説明の仕様がありません。そこに把握の難しさがあると言えます。

 今までに子音に関する記述は、古事記の「子音創生」の所で見られます。先天十七言霊が活動を開始して、子音がタトヨツテヤユエ……と三十二個生まれ出る所であります。

先天言霊の活動によって子音コ(大宜都比売の神)が生まれるまでに大事忍男の神(言霊タ)から始まり、鳥の石楠船の神(言霊ナ)までの三十一言霊の現象を経ることとなります。

現象子音(コ)を生む為に頭脳内を三十一の子音現象を経過すると言うのですから理論上の想像は出来ても、その子音三十一の現象の連続の中から、一つ一つの子音の実相を把握することは殆(ほとん)ど不可能に近いと言わねばなりません。

 けれど不可能だなどと呑気に言っている訳には参りません。日本人の祖先はチャンと三十二の子音を把握して、それによって物事の実相がハッキリ表わされるように名前を附け、現在に至るまで通用している日本語を造ったのですから。

では子音を把握する手段は何処に発見されるのか。その唯一無二の道が底津綿津見の神より上筒の男の命までの六神が示す禊祓の実践の行程の中に発見されるのであります。

 禊祓の実践者が、自らの心を心とし、外国の種々の文化を自らの身体とする伊耶那岐の大神の立場に立ち、自らの心の中に斎き立てた建御雷の男の神の音図を基本原理として、自らの御身を禊祓する時、自らの心の中つ瀬の底(エ)、中(ウ)、上(オ)段の行為は如何なる経過を辿って禊祓を完成させるか、を内観する時、水底の言霊エ段がエ・テケメヘレネエセ・ヱ、水の中の言霊ウ段がウ・ツクムフルヌユス・ウ、次に水の上である言霊オ段がオ・トコモホロノヨソ・ヲという明快な経過を経て、外国の文化を摂取する事が、心中に焼き付くが如くに把握され、自覚する事が出来るのであります。

それは自己内面の心の変化の相として、比較的容易に各子音現象を自覚する事が出来る事となります。

 以上の如く言霊エウオの段に属するそれぞれの八つの子音の把握は可能である事が分りました。残る現象の一次元であるア段の子音タカマハラナヤサは如何にしたらよいのでしょうか。それは禊祓を実践する人の心の中に、言霊アの感情性能の移り変わりの変化として自覚することが出来ます。それはア・タカマハラナヤサ・ワの初めから終りまでの経過として把握することが可能となるのであります。

 この様にアオウエの現象の四母音次元に属する三十二個の現象子音は、人間精神の最小の要素である五十の言霊を操作して、人間が与えられた最高の性能である人類文明創造の実践の中に、今・此処即ち中今の生きた言霊の活動する相として把握され、自覚される事となります。

そしてその子音の相の把握という事は、最近の会報の中で度々随想の形で書いてきた事でありますが、生きて活動している人が、自らの生命の実体、生命の実相を手に取って見るが如く確実に、自らの心の中に内観することなのであります。

人が自らの生命の実体を自らの心の中に、正に事実として内観するのです。

 人が生まれると新しい生命(いのち)の誕生と言われます。人が死ぬと一人の生命が失われたと言います。生命は人の最も尊いものと言われて来ました。けれど人はその生命とは何か、を知りません。

最近生命科学がその生命の中に客観的物質科学のメスを入れ、遺伝子DNAの実像を解明しました。私はその方面の事には全くの門外漢でありますが、人類が客観的科学の研究によって生命そのものの内部の消息を明らかにしつつある時代となったと言う事でありましょう。

それは素晴らしい事であります。けれど人類が客観とは反対の方向、即ち自らの生命を主観の方向に探究して、驚くべき事に今から少なくとも八千年以上昔に、既にその生命要素の実相を見極めてしまっていたという事実に、現代人の注意を喚起せねばならないと思います。

太古の昔、日本人の祖先によって人間生命を内側に見て、そのすべてが言霊布斗麻邇の学として解明され、更に今現在、生命を外に見て、その究極にDNA等の学問として現代物質科学が解明を続けています。この人間が自分自身の生命の実相を内と外との両面から解明するという事実が、人類の将来にとって如何なる事を示唆しているのか、興味津々たるものがあります。

 
古事記の文章を先に進めます。

『この三柱の綿津見の神は、阿曇(あずみ)の連(むらじ)等が祖神(おやかみ)と斎(いつ)く神なり。かれ阿曇の連等は、その綿津見の神の子宇都志(うつし)日金柝の命の子孫(のち)なり。その底筒の男の命、中筒の男の命、上筒の男の命三柱の神は、墨(すみ)の江(え)の三前の大神なり。』=

底津・中津・上津の綿津見の神と底・中・上の筒の男の命の六神の働きによって、先に伊耶那岐の大神が心中に確認した建御雷の男の神(衝立つ船戸の神)を鏡とするならば、如何なる黄泉国外国の文化も禊祓によって世界人類全体の文明に摂取し、新しい生命を与える事が出来るという事が証明されました。単なる主観内真理であった建御雷の男の神が名実共に主観的と同時に客観的な、即ち絶対の人類文明創造の原理となったのであります。

 言い換えますと、禊祓によって外国文化を世界文明に引上げる時に起る現象の変化、底筒の男の命(エ段)のテケメヘレネエセ、中筒の男の命(ウ段)のツクムフルヌユス、上筒の男の命(オ段)のトコモホロノヨソの三段の言霊八子音それぞれの現象を経るならば、外国文化は間違いなく世界文明に吸収出来る事が証明されたのであります。

このエウオ三段のそれぞれの八つの現象子音と、その時禊祓を実行する人の心に起る感情ア次元タカマハラナヤサの八子音を加え、合計三十二の現象子音の実相が、祓祓の実行者の心中に焼き付く如く明らかに自覚されます。この自覚された四段の八子音を特に霊葉(ひば)、即ち光の言葉と呼びます。

 それは高天原の言霊原理に基づく事のない言葉で構成されている黄泉国外国の暗黒の文化に生命の光を注(そそ)ぎ、人類の光の文明に引上げる言葉であるからです。生命が躍動している今・此処(永遠の今)の内容である言霊五十音原理に基づいた実相そのものの言葉だからであります。

綿津見・筒の男六神に続く古事記の文章の解釈に入ります。

『この三柱の綿津見の神は、阿曇(あづみ)の連(むらじ)等が祖神と斎く神なり。』=

 連(むらじ)とは「姓(かばね)の一。神別に賜わり、臣(おみ)と共に朝政にあずかる名家で、その統領を大連(おおむらじ)という」と辞書に載っています。底津綿津見・中津綿津見・上津綿津見の三柱の神は阿曇の連等が先祖としてお祭りする神です、の意であります。阿曇(あづみ)とは明(あき)らかに続(つづ)いて現われる(み)の意。

綿津見は外国の文化を摂取して世界文明の内容として表わすという事でありますから、綿津見と阿曇とは意味が同じ事となります。太古はその人の仕事としていた官職を以て姓とするのが慣習でありましたから、阿曇の一族とは、後世外国の文化を摂取するに当り、受け入れる外国の言葉を、言霊原理に則ってその実相がよく分る大和言葉で表わす官職についていた人達であろうと推察されます。

『かれ阿曇の連等は、その綿津見の神の子、宇都志日金柝(うつしひかなさく)の命の子孫(のち)なり。』=

 綿津見の神の子、とある神の子というのは神様の子という事ではなく、その神の内容の応用、またはその内容を仕事とする人の意であります。宇都志日(うつしひ)金柝の命の宇都志(うつしひ)とは現(うつし)しで、現実に、の意。日は言霊の事、金柝(かなさく)とは神名(かな)で綴って言葉とし、世の中に咲(さ)かせる、の意。

命の名の全部で「現実に外国の言葉を言霊原理に則った言葉で表わして、世の中に流布(るふ)させる人(命)」という事になります。

底・中・上の綿津見の神が禊祓によって外国の文化を摂取して世界人類の文明の内容に消化・吸収して行く事の可能性を確認する働きの事でありますから、その働きの応用として宇都志日金柝の命から阿曇の連と続く家系とその官職の相続となる事が窺えます。

 古事記の宇都志日金柝の命の事を竹内古文献では萬言文造主(よろずことぶみつくりぬし)の命と呼んでおります。

『その底筒の男の命、中筒の男の命、上筒の男の命三柱の神は、墨(すみ)の江(え)の三前(みまえ)の大神なり。』=

 墨の江の墨(すみ)は統(す)見、総(す)見、澄(す)見の意であり、江(え)とは智恵(ちえ)の事です。底・中・上の三筒の男の命によって外国の文化を世界文明の中に吸収して新しい生命を与える可能性を言霊子音の配列ではっきりと証明する事が出来ました。

その結果、言霊学の総結論となる天照らす大御神・月読の命・建速須佐の男の命の三神が誕生する前提となる条件とその内容はすべて出揃った事になります。

総見とは総べみそなわす、の意で、天照らす大御神・月読の命・建速須佐の男の命の三神は人間の営みの一切のものの総覧者であります。

三筒の男の命はその総覧者の持つ智恵の全内容の事でありますので、総見(すみ)の恵(え)の三前(みまえ)の大神と呼ぶのであります。世界人類一切の総覧者の誕生の前提となる三つの智恵の働き、という事であります。

/日々の生活の中では/

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言霊を、ヒビ(響)かせて
元『ヒ』と『ヒ』き合い繋がって参りましょう。
そして、願いをビジョンしましょう。


◆/148日目:『古事記と言霊』ページ261 三貴人その1/

古事記と言霊ページ261からの学びです。

言霊学の総結論となります、三貴人の学びです。

/148日目:『古事記と言霊』ページ261 三貴人その1/
http://youtu.be/6N8EhhVph3U

初めから今までの話の項目毎にまとめて、
簡単なお復習(さらい)となっています。

天地の初発の時

第一段階:先天の構造

第二段階:子音創生

第三段階:迦具土の検討・整理

第四段階:建御雷の男の神の確立

第五段階:黄泉国に於ける伊弉諾尊・美二神の交渉と離婚

禊祓

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◆/149日目:『古事記と言霊』ページ266 三貴人その2/

古事記と言霊ページ266からの学びです。

言霊学の総結論となります、三貴人の学びです。

/149日目:『古事記と言霊』ページ266 三貴人その2/
http://youtu.be/9YwaCp53J0I

『ここに左の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、天照らす大御神。次に右の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、月読(つくよみ)の命。次に御鼻を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、建速須佐の男の命。』=

 ここに古事記の文章では初めての選り分けの言葉、左の御目、右の御目、御鼻という言葉が出て来ました。どういう事か、と申しますと、阿波岐原の川の流れを上中下の三つに分けました。

上はア段、下はイ段、そして中はオウエの三段としました。その中つ瀬のオウエを各々選り分ける為に底中上の三つの言葉を使いました。

次にその底中上について重ねて現象を述べるに当り、底中上の区別を二回続けるのは芸がない、と思った為でありましょうか。太安万侶は全く別の表現を使ったと考えられます。それが顔の中の左の目、右の目、鼻の区別なのであります。

顔とは伊耶那岐の命の音図、即ち天津菅麻(すがそ)音図の事です。菅麻音図は母音が上からアオウエイと並びます。

この母音の列を倒して上にしますと、左より右にアオウエイと並び、その中の中央の三母音を顔に見立てますと、言霊エは左の目、言霊オは右の目、鼻は言霊ウとなります(図参照)。

『ここに左の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、天照らす大御神。』=

 そこで左の御目を洗いますと、天照らす大御神が誕生することとなります。その内容は言霊エで始まり、エ段の子音(底筒の男の命)テケメヘレネエセが続き、最後に言霊ヱで終る、人間の基本的性能である実践智、道徳智の究極の鏡の構造が出来上がりました。

この構造原理を基本原理として、人類一切の生活の営みを統轄し、人類全体の歴史創造の経綸を行う働きの規範の誕生です。これを天照大御神と申します。

またその統轄原理を言霊五十音を以て表わした言霊図を八咫の鏡と呼びます。

伊勢神宮正殿床上中央に祭られる御神体です。またその五十音言霊図を天津太祝詞(音図)と呼びます。

『次に右の御目を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、月読(つくよみ)の命。』=

 右の御目に相当する次元は言霊オの経験知です。禊祓の実行によって人間の経験知、それから発生する人類の諸種の精神文化(麻邇を除く)を摂取・統合して人類の知的財産とする働きの究極の規範が明らかに把握されました。

月読の命の誕生です。その精神構造を言霊麻邇によって表わしますと、上筒の男の神に於て示された如く、オ・トコモホロノヨソ・ヲとなります。

『次に御鼻を洗ひたまふ時に成りませる神の名は、建速須佐の男の命。』=

 顔の真中の鼻に当るのは言霊ウの性能、五官感覚に基づく欲望です。その働きの社会に於ける活動は産業・経済です。禊祓によって人間の欲望性能に基づく世界各地の産業・経済活動を統轄して世界人類の物質的福祉に寄与させる働きの最高の精神規範の自覚の完成が確認されました。

建速須佐の男の命の誕生です。その原理を言霊麻邇を以て表わしますと、中筒の男の命で明らかにされました如く、ウ・ツクムフルヌユス・ウとなります。

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◆/150日目:『古事記と言霊』ページ269 三貴人その3/

古事記と言霊ページ269からの学びです。

言霊学の総結論となります、三貴人の学びです。

/150日目:『古事記と言霊』ページ269 三貴人その3/
http://youtu.be/_wx3mancd3Y

『両児島(ふたご)またの名は天之両屋(あめのふたや)』=

 以上、八十禍津日の神より建速須佐の男の命までの合計十四神が心の宇宙の中で占める区分(宝座)を両児島または天之両屋(ふたや)といいます。

両児または両屋と両の字が附けられますのは、この言霊百神の原理の話の最終段階で、百音図の上段の人間の精神を構成する最終要素である言霊五十個と、下段の五十個の言霊を操作・運用して人間精神の最高の規範を作り出す方法との上下二段(両屋)それぞれの原理が確立され、文字通り言霊百神の道、即ち百道(もち)の学問が完成された事を示しております。

先に古事記の神話の中で、言霊子音を生む前に、言霊それぞれが心の宇宙に占める区分として計十四の島を設定しました。今回の両児の島にてその宇宙区分の話も終った事になります。

 天の御中主の神に始まり、天照らす大御神、月読の命、建速須佐の男の命(三貴子)の誕生に終る言霊百神の講義は前号にて終了しました。人間精神を構成する最終要素である五十の言霊と、それを整理運用する五十の運用法、計百の道理はここに完成したのであります。

 ところが、古事記には右の百神の原理に次いで、その附録、または後日譚とも謂うべき神話が文庫本にして半頁程書かれているのであります。この半頁程の神話を言霊百神の神話と同様に謎解きをしますと、極めて重要な事柄が示されている事に気付きます。

そこには人類の歴史創造の営みにとって重大な影響を持つ三つの事項が書かれています。その事について今号より百神の原理の後日譚としてお話して参ります。三つの事項とは次の様なものです。

 一、天照らす大御神・月読の命・建速須佐の男の命の三権分立
 二、天照らす大御神にのみ言霊原理を与えた事
 三、建速須佐の男の命の反逆

 古事記の文章を載せます。


 この時伊耶那岐の命大(いた)く歓喜(よろこ)ばして詔りたまひしく、「吾は子を生み生みて、生みの終(はて)に、三はしらの貴子(うずみこ)を得たり」と詔りたまひて、すなはちその御頸珠(みくびたま)の玉(たま)の緒ももゆらに取りゆらかして、天照らす大御神に賜ひて詔りたまはく、「汝(な)が命(みこと)は高天の原を知らせ」と、言依(ことよ)さして賜ひき。かれその御頸珠の名を、御倉板挙(みくらたな)の神といふ。次に月読の命に詔りたまはく、「汝が命は夜(よ)の食国(おすくに)を知らせ」と、言依さしたまひき。次に建速須佐の男の命に詔りたまはく、「汝が命は海原(よなばら)を知らせ」と、言依さしたまひき。

天照らす大御神・月読の命・建速須佐の男の命という言霊エ・オ・ウを中心とした言霊学の総結論を完成した伊耶那岐の命はここに到るまでの経緯を顧(かえり)みて、三貴子の結論に達した事を大層喜んで、次のように言いました。

「私は最初に伊耶那美の命と協力して言霊子音を生み、次に私一人でその言霊の整理・運用法を検討し、終に言霊学の総結論である三貴子(みはしらのうづみこ)を得る事が出来た」と言いました。

 この伊耶那岐の命の子生みを「子音創生」の神話からと考えますと、子音三十三、整理法五十計八十三神となります。

また伊耶那岐の命を言霊布斗麻邇の神と考えますと、古事記冒頭の天の御中主の神以下建速須佐の男の命まで、伊耶那岐の命自身を含めた言霊百神全体の事と受け取る事が出来ます。

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◆/151日目:『古事記と言霊』ページ272 三貴人その4/

古事記と言霊ページ269からの学びです。

言霊学の総結論となります、三貴人の学びです。

/151日目:『古事記と言霊』ページ272 三貴人その4/
http://youtu.be/

『すなはちその御頸珠(みくびたま)の玉(たま)の緒ももゆらに取りゆらかして、天照らす大御神に賜ひて詔りたまはく、「汝(な)が命(みこと)は高天の原を知らせ」と、言依(ことよ)さして賜ひき。』=

 御頸玉(みくびたま)とは頸に巻いた玉の事、その玉を糸で繋いだロザリーであります。また頸(くび)とは組(く)む霊(ひ)の意でもあります。言霊の事を霊と呼びます。言霊を組む事によって大和言葉が生まれます。

御頸玉とは三種の神器の一つ、八坂(やさか)の勾珠(まがたま)と同様のものであります。「もゆら」とは辞書に「玉がゆれ動き、触れ合って鳴る音」とあります。そのロザリーを天照らす大御神に与えました。

という事は言霊の原理を天照らす大御神に与えた事になります。そして伊耶那岐の命は天照らす大御神に「汝が命は高天原を治めなさい」と命令し、委任したのでした。高天原とは前にもお話いたしました如く、五十音言霊麻邇によって結界された清浄無垢な精神の領域の事を謂います。

『かれその御頸珠の名を、御倉板挙(みくらたな)の神といふ。』=

 この様に天照らす大御神に言霊原理を与え、月読の命、建速須佐の男の命には言霊原理は与えられませんでした。この事は人間の心の内容・意義にとって、またその後の人類文明創造の歴史の中で重大な影響・意味を持つ事になりますが、その事に就いては後程詳しくお話することといたします。

『かれその御頸珠の名を、御倉板挙(みくらたな)の神といふ。』=

 御倉板挙とは御厨(みくりや)の棚(たな)の意です。天照らす大御神の知しめす食物といえば言霊のことです。それを並べておく棚という事で五十音言霊図の事であります。天照らす大御神が父神、伊耶那岐の命から授かった御頸珠とは五十音言霊図、またはその原理だ、という事となります。

『次に月読の命に詔りたまはく、「汝が命は夜(よ)の食国(おすくに)を知らせ」と、言依さしたまひき。』=

 次に伊耶那岐の命は月読の命に「貴方は夜の食国を治めなさい」と命令し、委任しました。夜の食国とは昼間の言葉である言霊に対して、その言霊の日の光がない国の言葉、それは哲学や宗教に見られる経験知より始まる概念とか、または表徴等の言葉の事でありましょう。

精神内容を表現する言葉から言霊原理を差引いた言葉の領域、これを夜の食国といいます。この事は月読(つくよみ)の命という名前の由来ともなっています。月読の月(つく)とは附く、即ち附属するの意です。

何に附属するか、と言いますと、言霊とその原理に附属して「読む」、即ち説明するの意です。そこに経験知に従って表出された概念や表徴の言葉が使われるようになります。それはまた言霊即ち日(ひ)(太陽)の光を反射して照る月の光で物を見るように、何事も薄ぼんやりとして実相が見えない領域を指しています。月読の命はこの領域を治めよと命令され、委任されたのでした。

『次に建速須佐の男の命に詔りたまはく、「汝が命は海原(よなばら)を知らせ」と、言依さしたまひき。 』=

 伊耶那岐の命は建速須佐の男の命に「お前は海原を治めなさい」と命令し、委任したのでした、の意。海原とはウの名の原の意で言霊ウの領域の事です。言霊ウの心の宇宙から発現する人間性能は五官感覚に基づく欲望です。その性能が社会活動となって産業・経済社会を現出させます。現代科学文明はこれによって創造されたのであります。

 以上、伊耶那岐の命は三貴子にそれぞれの統治の分野を決定したのでした。天照らす大御神には高天原を、月読の命には夜の食国を、建速須佐の男の命には海原を統治する事を命令し、それを委任したのであります。

世界人類の文明を創造して行く為の人間の基本性能である言霊エオウの三次元宇宙のそれぞれの主宰神として天照らす大御神・月読の命・建速須佐の男の命を任命したのであります。これを人類文明創造上の精神の三権分立と呼んでいます。

 この三権分立が実際に歴史を創造するに当り人間精神の五段の次元をどの様に分担したかを考えてみましょう。天照らす大御神が治める高天原とは、言霊原理に基づいて人類の歴史を創造する実践智の領域です。

即ち言霊イ(言霊原理)と言霊エ(実践智)を活動領域とします。その統治の責任者は、神代といわれる第一精神文明時代には霊の本(日本)の国の天津日嗣天皇(あまつひつぎすめらみこと)であり、言霊原理隠没の第二物質科学文明時代には、言霊原理によって作られた日本語を話す日本人の心の奥の潜在意識として、またその原理の象徴物である三種の神器として日本天皇家の秘宝となって皇居賢所に保管され、来るべき文明転換の時を待っています。

 月読の命は、その自らの分野である言霊オに言霊アの分野を結び付け、言霊原理を除いた主観世界の観察に採用し、世界の哲学、宗教、芸術の諸文化を創造して行きました。世界各民族に伝わる神話もその所産であります。そしてその活動地域は主として東洋でありました。

 建速須佐の男の命は、その自らの分野、言霊ウに言霊オを取り入れ、それを客観世界研究に採用し、自然科学を振興させ、産業・経済社会を建設して行きました。その活動舞台は最近までは主として西洋地域でありました。

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◆/152日目:『古事記と言霊』 最後の御挨拶/

『古事記と言霊』講座の最後の御挨拶でございます。

◆/152日目:『古事記と言霊』 最後の御挨拶/

下記のアドレスをクリックして、
動画をご覧になって下さい。

/152日目:『古事記と言霊』 最後の御挨拶/
http://youtu.be/VYdRtFQampo

1)私たちは、ヒミコであった。
2)人は、何のために生きるのか?
3)2020年までに私達一人一人が自覚すべきこと。
4)言霊が甦る世界が来ること。

そのためにも、ここに参加して下さった皆様お一人お一人が
先駆けて、『霊知り(ヒシリ)』となって参りましょう。

と訴えています。

本当に、長い間、一緒に学んで下さってありがとうございました。
これからも何卒宜しくお願い申し上げます。

/日々の生活の中では/

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◆/153日目:特別講座【初音ミク ひふみ祝詞】/

『古事記と言霊』の教科書のページ132
第三の石上神宮(奈良県)に伝わる「布留の事本」
と呼ばれる言霊の活用法です。

祝詞の言霊を感じて頂ければ幸いです。
ひとつひとつの言霊を磨きに磨いて、唱えれば、
新しい心に生まれ変わっていることに気付いて来ました。

/【初音ミク】ひふみ祝詞 /
http://www.youtube.com/watch?v=OvVf1O5dNZU

『――若しも息合ってゐない時には一二三(ひふみ)唱へよ、
唱へ唱へて息合ふ迄 祷(ゐの)れよ、何んな難儀も災難も
無くしてやるぞ、此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)
であるぞ』
           
      (日月神示 日の出の巻 第15帖)


◆/154日目:特別講座【よく分かる 古事記と日本人についての講義 竹田恒泰 先生】/

古事記に対して、情熱を
高めるために、古事記関連の動画を見てみたいと
思います。

/よく分かる 古事記と日本人についての講義 竹田恒泰 先生/
http://www.youtube.com/watch?v=2R63xtmtnUg

竹田恒泰氏は「東武天皇」北白川宮能久親王の玄孫でもある。?
古事記をホテルに置くボランティアなどもされている。

2020年の東京オリンピックの誘致を成功させたJOCの
竹田会長の息子さんでもあります。

/古事記編纂1300年目の真実 (太安万侶編)/
http://www.youtube.com/watch?v=baIpvPnPvwc

1979年1月に突如発見された。

/阿礼祭(稗田阿礼編)/
http://www.youtube.com/watch?v=f3dWFd3r86M

『稗田阿礼』には、『ヒ』言霊が入っています。

日本最古の歴史書・古事記の語り部として有名な大和郡山出身の
稗田阿礼(ひえだのあれ)の功績をたたえるお祭りです。
このお祭りは、阿礼をまつる売太神社(めたじんじゃ)で行われ、
地域の子ども達が奉納の舞を披露しました。
この阿礼祭は、記憶力の優れた稗田阿礼を、「語り部」や「お話
の神様」としてたたえようと、全国の童話家によって1930年に始
められました。


◆/155日目:特別講座【古事記に記された日本が出来るまでの神話】/

古事記に対して、情熱を高めるために、
古事記関連の動画を見てみたいと
思います。

/古事記に記された日本が出来るまでの神話/
http://www.youtube.com/watch?v=9sNf1ZPtPv4

動画で、古事記のイメージを高めることが出来ます。
この複雑と見える物語を、言霊を隠した物語として
小笠原孝次先生、島田先生は、読み解かれたと考えると
驚きを禁じ得ません。

/仁徳天皇 民のかまどにみる聖帝物語/
https://youtu.be/KbeqYy8iXyk

仁徳天皇の愛と徳のお話です。
こんな統治を世界政府がしたら、世界は、地球は、
愛と平和の星になると思います。

世界に広めないといけない話だと思います。




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